東京高等裁判所 昭和51年(う)1088号 判決
被告人 小松野清
〔抄 録〕
そこで、検討するに、原判決が原判示道路交通法違反の事実を認定したうえ、「被告人を懲役四月に処する。本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。」旨言い渡したことは記録上明白であるところ、当審において取り調べた昭和五一年六月一六日付検察事務官作成の前科調書によれば、被告人は、昭和五〇年四月一一日浦和地方裁判所において道路交通法違反の罪により懲役四月の判決の言渡を受け、右判決は同年一二月二七日に確定(同年九月二二日控訴棄却、同年一二月一九日上告棄却)していることが認められる。したがって、右懲役刑の判決確定後に宣告された原判決は、被告人に対しては、刑法二五条一項一号により、その刑の執行を猶予することができないことが明らかである。ところで、弁護人は、当審公判廷で、検察官は捜査段階において被告人の当時の弁護人を通じて被告人の前記前科を知っていたはずであり、原審において検察官は真実に符合する前科調書を提出することができたものであるから、これを提出しなかったことが「やむを得ない事由」によるものとはいえない旨主張する。しかしながら、原審記録によれば、(1)原審で取り調べた前科調書は、前記前科確定前の昭和五〇年一〇月九日に作成されたものであって、同四二年の恐喝罪による禁錮(三年間執行猶予、付保護観察)のほか、同四六年から同四九年に至る間五回にわたる業務上過失傷害、道路交通法違反の罪による各罰金刑の前科のみが記載されていたこと、(2)被告人は、捜査段階で検察官の取調を受け、その際右前科調書を読み聞かされたが、「そのとおり間違いないと思います。」とだけ述べ、当時上告中であった前記前科については、これを供述せず、秘匿していたこと、(3)検察官は、昭和五〇年一二月一二日本件を起訴し、第一回公判期日が同五一年二月一二日に指定されたが、右期日は被告人の病気を理由として延期となり、ついで同年五月一一日に行なわれた第二回公判期日の公判手続においても、被告人は、検察庁でのべたことは間違いない旨供述し、前記前科については供述せず、原審は、前記前科調書および前記のような記載のある被告人の検察官に対する供述調書等を取り調べたうえ、弁論を終結し、即日判決を言い渡したことが認められ、所論のように、検察官において、当時の弁護人を通じて被告人の前記前科を知っていたことを窺わせる事情は認められない(右認定に反する当審公判廷における被告人の供述は措信することができない。)。このような場合においては、検察官が原審において刑の執行猶予言渡に影響を及ぼすべき前科に関する証拠の取調を請求することができなかったのは、刑事訴訟法三八二条の二第一項にいう「やむを得ない事由」によるものであり、したがって、検察官は、控訴審において新たに前科に関する証拠の取調を請求することができ、控訴裁判所は、右請求にかかる証拠を取り調べ、これを原判決の当否を判断する資料とすることができるものと解するのが相当であるから、弁護人の主張は理由がない。そうすると、原判決が被告人に対し執行猶予の言渡をしたのは、前科に関する事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤ったものといわざるをえず、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(綿引 石橋 鈴木)